2009年6月 8日 (月)

神様の間引き

 柔道から格闘家へ転向した石井慧選手が記者会見で言っていた。

「自分は60億分の1になりたい」

あえて望まなくても、君は地球上の全人口のうちのひとりに間違いないぞ。安心してほしい。
彼は何を考えてるのかよくわからない人で、気味が悪くて好きになれないのだが、そんなことより60億だ。今、地球にはそんなに人がいるのか。

 自然界には必ず天敵と言うものが存在していて、ある特定の種族が増えすぎるのを防いでいると昔生物の授業で習った。 私がまだ小学生くらいの頃、紅蘭渓(こうらんけい:字が合ってるか自信ない)のヘビセンターというレジャー施設ではコブラ対マングースの決闘という見世物が売りで、よくコブラとマングースが闘うシーンをテレビコマーシャルで流していた。
一撃必殺の毒を持つコブラなのだが、マングースはその毒に対して耐久性を持つというのだ。つまりマングースはコブラを襲う唯一の動物、天敵らしいのだが、それをショーにするのはどう考えても動物虐待で、恐らく愛護協会のクレームがついたのであろう、ある時期から流れなくなった。ひょっとしたらヘビセンター自体がなくなっているのかもしれない。
 では百獣の王と言われるライオンはどうか。
彼らを襲う動物など地球上にはいない。では彼らの数はどのようにして増え過ぎるのを防ぐのかというと、餌となる動物の数だという。
つまりライオンの頭数が増えれば餌となる動物が大量に必要となる。ライオンが増えるとそれに反比例して獲物は減り続け、しまいにはライオンの頭数を養うだけに必要な餌がそろわなくなる。すると必然的に狩りが下手なライオンなどは餓死せざるを得ず、子供も育たず、ライオンの数は自然淘汰されるというのだ。

大変厳しいが最もな理屈である。

 そんなことを考えながらライオンやシマウマに生まれなくてよかったよかったと胸をなでおろしている私はヒト科のホモサピエンスだ。
万物の長とか言って、えらそうにしている人間だ。
 我々に天敵などいない。
もしも丸裸でサバンナに置き去りにされれば、ライオンに食われるか飢え死にするかのどちらかだろうと思われるひ弱な存在にも関わらず、天敵がいない。
しかし、それでは自然界における摂理にかなっていないので、いろいろ考えてみるに、我々の天敵は病気なのではなかろうか。
神様はなんの気まぐれか、人間を作った。
寒さを防ぐ体毛もなく、2本足で歩くために獲物を捕らえる脚力もなく、身を守るための爪も牙もない、のっぺりとしたひ弱な生き物。
神様の予定ではすぐに絶滅してしまうだろうと思っていたのかもしれないが、火を使い始めてからはあらゆる野生動物から身を守ることを覚え、また道具や火を使って食料を食べやすく、おいしく調理することで爪や牙がないハンディを乗り越えた。しかしこれではバランスが悪いということで、私が子供のころ、ガンは不治の病と言われていた。現在も病気死亡率のトップを占めるのはガンなのだが、それでも発見が早ければ治る病気になってきた。

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続・ユキヒョウがきたぞ

 あれ以来、ユキヒョウのことばかり考えている。
おかげで夕べはユキヒョウの夢を見た。
私は夢の中でユキヒョウを飼っているのだ。

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2009年3月22日 (日)

不器用な親の愛

さつまいもをふかしている。

蒸し器に洗ったさつまいもを並べて30分くらい蒸すとふかし芋が出来上がる。
父が小腹が空いたというのだが、母が留守にしているので私が何か用意することになったのだ。

私はさつまいもが苦手だ。

幼い頃、母が何かというとさつまいもをおやつに出した。(言っておくが私は戦争体験者ではない)
父親が事業に失敗して借金を抱えていた両親は、毎日共働きで働いていたため子供のおやつにまでお金や時間をかけることができなかった。
学校から帰ると芋の天ぷらとふかし芋が交互におやつとして出て来る。
芋、いも、イモ。
私はたぶん一生分のさつまいもを幼少期に摂取したので、苦手というよりは飽きたのかもしれない。

友達が遊びに来ても母がもてなしに出すのは芋だった。
おまけに我が家では、子供の飲む飲み物は夏の間に作った梅酒だった。
友達が『うっぷ』とイモを胸に詰まらせているのを見て、
「はい、梅ジュース」
と、梅酒を水で薄めて氷を浮かべたもの、つまり飲み屋でポピュラーな梅酒の水割りを出していたのだから怖い。

ある日友達の少年の家へ遊びに行った時のこと。
彼のお母さんは、息子が女の子(笑)を連れて来たのが嬉しかったのか、張り切ってシュークリームを焼いてくれた。しかもそのシュークリームは生地をS字形に焼いて白鳥の首を模したものをくっつけたスワンの形をしていた。
私はシュークリームなんてケーキ屋さんで買うものだと思っていたので、紅茶とともに出されたそのおやつはカルチャーショックを通り越して衝撃だった。
我が家ではイモと梅酒なのに、よそんちではシュークリームと紅茶なのだ。
当たり前だと思っていたことが、ガラガラと音をたてて崩れた瞬間だった。
その日からあまり友達を家に呼ばなくなった気がする。

母親はO型で、良く言えばおおらか、悪く言えば大雑把。
なんでも大量に作って余るので、なにか料理を作ると何日もそればかり続く。いい加減飽きるし、味も悪くなるし、どうして計画的に料理をしないのかとそんな母親を疎ましくも思った思春期であった。

忘れられないのは15歳の誕生日のことである。
私の父親は遊び人で、よく家に帰らないことがあった。
その日も娘の誕生日だというのに帰ってくる気配が無かった。
上の姉たちもその日に限って会社の用事があり帰宅が遅い。
すると母が何を思ったのか自転車で家を飛び出し、一時間後に寿司屋の寿司桶を抱えて帰って来た。
「はい、誕生日のお祝い」
そう言って私の目の前に置かれた寿司桶には、ひと桶まるまる私の好物であるウニの軍艦巻きが埋めつくされていたのだ。
「わぁ!スゴいーっ!これ、お母さんと私と二人だけで食べていいの?!」
すると母は、
「何言ってるの。それはあんたひとりで食べなさい。お母さんは別にちゃんとあるから」
と言って、寿司桶の二段目を出した。
その桶は、やはりひとつの寿司ネタで埋めつくされていたのだが、それはウニでもマグロでもなく、かっぱ巻きであった。
「お母さん、かっぱ巻きなんてそんな…私ひとりでウニ食べるの悪いよ、半分ずつ食べようよ」
ところが母はいくら私がウニをすすめても食べなかった。
「お母さんはかっぱ巻きが大好きなの。いいからあんたはウニを食べなさい」

けして裕福な家庭ではなかったけれど、私は確かに愛されて育ったのだと思う。

さて芋がふかし上がったようだ。
母も帰って来たし、お茶でもいれてあげようか。

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2009年2月15日 (日)

ユキヒョウが来たぞぅ!ユキヒョウが来たぞぅ!

 動物に詳しい人がいたら教えてほしいのだが、ヒョウはニャアと鳴きますか。

 昔、動物園に行った時のことである。
ネコ目ヒョウ科の檻の前で、真っ白な体に黒い斑点が美しいユキヒョウと目が合った。
金網にもたれ掛かってのんびりとアタクシを見上げる目があまりにかわいかったので、『ニャア〜』と声をかけてみた。
するとユキヒョウは『ニャア〜』と答えてくれたのだ。
ビックリしたがネコの仲間なのだからまぁ不思議はないか、と思いながらも、とっても得した気分だった。

 その後、サファリパークに行く機会があった。
ご存じの方もいるだろうが、サファリパークはバスに乗って園内を回り、窓から餌をあげたりできる楽しいところだ。
ライオンの群れにやって来た時、火バサミで生肉を挟み、窓の格子から与えた。ライオンの大顔面がガウガウと格子にへばりつく様は迫力たっぷりであった。
『スゴいでしょう〜!これでもライオンはネコの仲間なんですよ〜!』
ガイドの人がマイクで言ったのでアタクシはユキヒョウのことを思い出した。
『そうなんですよね!私、動物園でユキヒョウにニャアって言ったら、ニャアって鳴きましたもん』
するとガイドさんは真顔で、
『ヒョウはニャアとは鳴きません!』
ときっぱり言い切った。
野生動物のエキスパートであろうサファリパークのガイドさんにそう言われてしまうと、なんだかアタクシが間違ってる気がしてそれきり黙ってしまった。
 しかしあれは空耳でも幻聴でもない。ユキヒョウは確かに『ニャア』と鳴いたのに、悔しいかなそれを証明してくれる人はそばにいなかった。

 最近になって会社の人にも話してみたことがある。たったひとこと、
『ネタでしょ』
で終わりだった。
 アタクシはふだんから、ネコが車に轢かれて死ぬと猫明神になるとか、うちの母親には腕にツノが生えているとか、世迷い言ばかり言っているのも悪いのだが、(母親のツノはほんとの話だ。こないだ友達と旅行に行くから皆をビックリさせてはいけないと外科手術で切除していた)まったく信じてもらえなかった。

ユキヒョウがニャアと鳴くか否かを証明するのに一番確実なのは、アタクシがユキヒョウの檻にかじりついてビデオカメラを回しながらニャアニャア鳴き続けて決定的瞬間を収めればいいのだろう。しかしおそらく動物園の係員に『あのぅ、もしもし?』と言われてしまうのがオチだ。そんなみっともないことは嫌だ。
だから誰か教えてほしい。と言うか賛同してほしい。
ユキヒョウは確かにニャアと鳴くんだってば。

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2009年1月19日 (月)

再録・猫明神

 私は猫が好きである。
なぜ猫が好きかとか、猫のどこが好きかとか、語らせたら源氏物語絵巻ばりの大長編スペクタクルになるので割愛する。
そんな私であるから、道端で車に轢かれて死んでいる猫などを見ると、
『あー、見なきゃよかった、あー、見たくない』
と、一日ブルーな気分になってしまう。
 猫はなぜああも車にひかれるのだろう。猫好きとしてはあれほど見たくないものはない。あれを一瞬見るくらいなら、呪怨とか着信アリとかホラー映画を一日中見せられた方がまだマシだ。
猫社会でもこの交通事故問題を大々的に取り上げてもらい、猫の交通指導員とか作ってほしいものである。

 深夜のバンド練習の帰り、その見たくないものを見てしまった。
対向車もない真っ暗な県道の、点滅信号の灯りに浮かび上がるその白い物体が、ゴミかなにかならいいのに、と思いながらも車を走らせてゆく。
その物体がまぎれもなく猫の死骸だと認識し、心の中で合掌した瞬間、私の車の前をサッと小さな人影が横切った。

キキーッ!

私は子供をはねてしまった、と思った。
震える手でハンドルにしがみつき、恐る恐る顔を上げると、その小さな人影は猫の死骸の傍らに立ってそれを見下ろしていた。
『よかった…』
ホッとしたのも束の間、次の瞬間、私は声を失った。
ヘッドライトに照らされたその小さな人は、人ではなく猫の顔をしていたのだ。しかも烏帽子をかぶって神主のような装束を身にまとっている。
私は持ち前の好奇心から、その正体を確かめようと車を降りた。

 猫の死骸をジッと見下ろしているその人に、後ろから声をかけてみる。
「あのぅ」
「だまらっしゃい!今、神聖なる儀式を始めるところじゃ!」
意外にもおじいちゃんみたいな声で一喝されたが、かまわず私は聞いてみた。
「あなたは一体誰ですか?」
すると彼は私をまっすぐ見て、その質問には答えてくれた。
「わしか?わしは猫明神である」
 そう言ったかと思うと、どこからか榊(サカキ)の枝を取り出し、とぷとぷと御神酒をふりかけ始めた。
それから横たわる死骸をその枝でおもむろに撫で回し、むにゃむにゃと何か唱えている。
「山田〜太郎が〜飼い猫トンマ〜ぁ、車に〜ひかれ〜、ここに落命〜、カーァァァッ!」
察するところ鎮魂の儀式のようである。
「神に〜召されし〜トンマが御霊〜ぁ、今〜猫明神となり〜その使命を〜果たすぅ〜、キエェェ〜ィ!」
暗闇に響き渡る奇声を発して儀式は終わったが、猫明神はまだ何かしゃべっている。
「うむ、見事な猫明神じゃ。これから精進いたせよ。さぁ行くがよい」
そして夜空に向って手を振っている。
「あのぅ」
「なんじゃ、さっきからうるさい奴じゃな」
「すみません、あの、いま誰と話してたんですか?」
「たった今猫明神になったトンマじゃ」
「えーと、さっきから猫明神、猫明神って言ってますが、いったい猫明神ってなんなんですか?」
エヘンと咳払いをすると猫明神は話してくれた。
「車にひかれた不幸な猫はな、猫明神となって猫の守り神になるのじゃ。トンマは未来永劫、猫を守り、また車にひかれた猫を見つけたらわしと同じ様にその猫が猫明神となる儀式を行なうことができるのじゃ」
「はぁ…よくわかったんですけど…私にはトンマの死骸は見えますが、猫明神の姿のトンマは見えませんでしたよ」
「猫明神の姿は人には見えぬ。もしその姿が見える人間がいるとしたら、それはその猫のことを心から可愛がった者だけじゃ」
猫明神がそう言った瞬間、私たちは同じ疑問を同時に抱いた。
「はて、おぬし、なぜわしが見える?」
「まさか…まさか…」
私には幼い頃可愛がっていた猫がいた。
私が生まれた時にはもう家に飼われていたトラという年老いたオスの猫。どんなオモチャを与えられても泣きやまなかった赤ん坊の私が、トラがそばに来るとピタリと泣きやんだと言う。
物心ついてからはいつも一緒に寝ていた。学校でいやなことがあっても、一晩トラと寝ると忘れてしまうのが不思議だった。
しかしトラは急にいなくなってしまったのだ。
私は毎日毎晩、トラの帰りを待った。トラがいつでも帰って来られるよう、窓はつねに開けたまま寝ていた。おかげで夏は蚊に刺されまくって顔がパンパンに腫れ上がったし、冬は肺炎にかかって入院した。
「トラ…トラなんだね!」
猫明神は猫の姿に戻ると、私の胸に飛び込んで来た。懐かしい毛並みを抱き締めると、トラはザラザラの舌で私の顔をなめてくれた。
「トラ、私、ずっと探してたんだよ」
あふれる熱い涙はとまらなかった。トラは優しくゴロゴロと喉を鳴らしていた。

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2008年7月24日 (木)

もう親のせいにするのはやめないか

 先日、家の電話が鳴ったので取ってみた。

 携帯電話というツールのおかげで、個々人のやり取りが24時間コンビニ状態。
固定電話は今や着信専用の時代である。おまけにかけてくるのは住まいのリフォームなどの業者ばかり。最近はシカトすることもある。
しかし深夜や早朝の電話には親類からの訃報である場合も多々あり、今回は夜の9時だったので出てみることにしたのだ。

『はい、こちらバーバラ・スペーサーです』
『あのぅ、マメダと申しますが、奥様いらっしゃいますか?』
『奥様は私ですが、マメダさん?』
『あ、奥様ですか、僕、マメダです』
『どちら様でしょう』
『わかりませんか?下の名前はイフクです』
『イフク?マメダ イフク?』

まめだ いふく…豆大福…

『大福なら間に合ってます』ガチャン。

…夏休みが始まるとイタズラ電話をする暇な子供が増えるのかもしれない。
 かくいう私も中学の頃にイタズラ電話をしたことがある。
電話帳でスポーツ用品店を調べて電話をかけ、ダニエル・カールか千昌夫ばりのなまりを真似て、
『あんのぅ…すんばせん、アデランスのウィンドブレーカーってありまずが?』
東北地方出身を装い、アディダスとアデランスを勘違いしたふりをした、しょーもないイタズラだったのだが、電話の向こうでプッと吹く店員のリアクションが面白くて片っ端から電話をかけたものだ。
一度、規模の大きなスポーツ用品店で電話が二台あるところに二回かけてしまい、大爆笑されたこともある。
悪いことっちゃあ、悪いことなんだが、まぁ、時効だろうし、これくらいは許されてもいい範疇だと思っているのでカミングアウトしてみた。

 中学生という年代は、まだまだ子供なんだけれど大人を意識し始める頃でもあると思う。
甘えたい気持ちと干渉されたくない思いが危うい均衡を保ちながら日々過ごしている気がする。
私自身も、なぜイタズラ電話などしたのかさっぱらわからない。ただ、電話という親名義のツールを使い、世間を欺くことで自分の存在を確認したかったのではないだろうか。

そう、思えば中学生とは自己顕示欲の塊である。

 昨今の中学生が起こす事件を見ていると決まって親がからんでいる。
親自身が被害者であったり、また動機の中に親が出てきたり。
彼らの言い訳の中には、親からの愛情を受けとりながらも、期待は拒絶したいという身勝手な主張が垣間見える。
そしてそんな子供が子供のまま成長すると、今度は『親が相談に乗ってくれなかったから』と言って他人様に刃を向けるのかもしれない。

 いいか?勉強しろとか、人に迷惑かけちゃいけないとか、いったい親以外の誰が言ってくれると言うのだ。
君たちが部屋にいながらにして外部へつながることができる携帯電話。
『オヤジがキモイ』『ババアがウザイ』と親の悪口をメールするその携帯の料金は、毎月その親が払っているのだ。

もういいかげん、自分の幼稚さを親のせいにするのはやめないか。
こんな親から生まれたくなかったと思うなら、自分が理想の人になれ。

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2008年7月 1日 (火)

なんか最近ボヤキが多くなってきたけど

いいんです、アタクシの日記なんだから。

いきなりだがマナーとはなんぞや。

エドはるみはマナー講師だったそうだが、最近の彼女は吉本内では売れてない芸人に対して挨拶すらしない、と悪い評判が立ってるそうな。
マナー講師としては『売れないヤツが売れてる人に挨拶するのがマナー』とでも言いたいのであろうか。
まぁ、このネタのソースは週刊誌なみのニュースから拾ったネタなんで、これ以上のことは言うまい。

今日、銀行へ行った。
昔の通帳って届出の印鑑をちゃんと表紙の裏側に押してあったものだが、最近の通帳には悪用防止のために届出印を押さない。
これが実に不便である。
アタクシなんか隠し預金やらなんやらいっぱいあるもんだから、結構気軽に通帳を作っている。
届出印を統一すればいいのに、『そうだ、口座開こう』的なノリで通帳作るもんだから、えらい立派な印鑑で登録してあるのもあれば、58円の印鑑を使ってしまったのもある。

つまり、そんなわけでとある銀行口座の印鑑がわからなくなったのだ。

口座を開いた支店は会社からは遠いので、最寄りの支店へ行った。
窓口には40過ぎと思われる次長課長の河本に激似の女がいた。
いや、これがマジで似ていたのだ。
ぜひ見てみたいと言う方は銀行名と支店名を個人的に教えるので連絡ください。

話がそれたが、彼女の前に立った私は、当然『いらっしゃいませ』という言葉を待った。
ところが彼女は、つぶらな寄り目で私を見上げるだけだった。それは、いらっしゃいませというより、『おめぇに食わすタンメンはネェ!』とでも言いたげな瞳だった。
若干気分を害しながらも、
「すみません、口座印を調べてもらいたいのですが」
と通帳を差し出すと、
「あ、これ、うちじゃないですね。うちでは調べられないです」
と言い放った。なんという気さくな話し方の窓口なんだろう…私の頭の中では、即座に彼女のセリフをマナー講習のマニュアル本に載っているであろう言葉に変換してみた。

『申し訳ございませんが、あいにくこちらの口座は当支店の扱いではないため、お調べできかねます』

フツーそう言うんじゃねぇの。

かなり気分を害しながらも無駄な抵抗を試みた。
「えー?D銀行とかJ銀行ではどこの支店でも調べてくれますよ」
すると河本は、
「でも、うちはできません。○○支店へ行って下さい」
とキッパリ。
とりつく島もないとはこのことだ。
「はぁ、わかりました、お手数おかけしました」
そう言う私に、河本はなぜかひきつった笑いを浮かべながら、
「ふはは」
と笑った。

そこ、笑うとこじゃないんですけど?

そして踵を返した私は、背中に『この支店の最後の良心の言葉』を待った。
それはむろん、『ありがとうございました』の言葉なのだが、河本にそれを期待したのが間違いだったと気付かされるのに、5秒も必要なかったのである。

あったまくるよ、ほんとに。アタクシが支店長なら、絶対許さん。

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2008年5月18日 (日)

どうか言ったもんが負ける世に

 最近、言ったもん勝ちの風潮がありはしないか。
文句もクレームもとりあえず言っとけ。ダメでもともと、それで得をすれば儲けもの。
もちろん正当な苦情を黙っている必要はないが、それはちょっと…と言うようなクレームが世間をまかり通っている気がするのだ。
 最近なにかと話題に上っているのがモンスターペアレント。学校などに対して親が非常識な苦情を突き付けて先生たちを困らせるというものだ。

子供の箸の持ち方がおかしい、学校の指導はどうなってるんだとか、子供が遅刻するのを母親に注意すると『私では起きない。そんなこと言うなら先生が毎朝電話して起こしてくれ』と逆ギレするとか。
こういう親に育てられた子供はどうなるのだろう。自分のいたらなさには目を背け、他人にばかり過剰な責任を押し付ける。そんな親から果たして他人の立場を思いやることができ、かつ責任感のある子供が育つであろうか。私は本当に恐ろしいのである。

 今日、お昼ご飯にハンバーガーを食べた。
スマイルが¥0で売っている某有名ハンバーガーの店に入ったのだが、レジに並んだ瞬間、空気に違和感を感じた。客も店員もチラチラとある方向を見ているのだ。
視線の先を見ると、一人の中年男性が怒鳴っていた。そして店員の女の子がペコペコと頭を下げている。

クレームだ…

あまりジロジロ見ては申し訳ないと思いつつ、大の男が何をそんなに怒っているのかとても気になった。しかも距離にしたら1メートルくらいしか離れていない場所で怒鳴っているので、聞きたくなくても話の内容は聞こえてしまった。

…ハンバーグが焼けすぎなんだそうだ。

『こんな真っ黒なハンバーグ』
『いいかげんにしとけ』
『おたく、どうなっとるんだ』
『ちょっと非常識やないか』

歳は40代半ばと思われる中年男性が、お昼時のショッピングモールのフードコートと言う公衆の面前で、まだ20代前半の女の子に対して声を荒げている光景は悲惨と言うしかなかった。
しかも怒りの原因はハンバーグの焼け具合についてなのである。もう、女の子がかわいそうで仕方なかった。
すると、店長らしき男性が現れて女の子と代わった。とりあえず店内にはホッとした空気が流れたが、男性はトーンダウンするどころか、ますます声を高くして責任者を責め立てていた。

 私の並ぶハンバーガーの列が短くなり、私の番が回って来て、注文した物を受け取るまでそれは続いていた。
新しい物とお取り替えいたします、くらいはとうの昔に言っていただろう。申し訳ございませんなんて言葉は何度も何度も言ったのであろう。なんでそれで許せないのか。
恐らくクレームの目的が何なのか、本人ももうわからなくなっているのではないか。そんな気がした。

 私だったらあんな姿は誰にも見られたくない。ましてや子供に見せては絶対にいけないと思う。
自慢できるようなものは何ひとつない私だが、人として相手の立場を思いやるということだけは、忘れてはいけないと思った出来事である。

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2008年5月 3日 (土)

バーバラの危機

 アタクシ、大ピンチである。
もうすぐライブだと言うのに扁桃腺をやられてしまった。
中耳炎も併発しているらしい。

 耳の中に膿がたまってズキズキ痛み、あまりよく聞こえない。口内炎が熱を持ってしまい、頭がぼーっとしてめまいがする。横になるといくぶん楽だが、体が自分のものではないような気がして、まるで水底(みなそこ)の溺死体の気分である。

 精神的にもかなりキている。

 弱気なのである。

 なんてことだろう、バーバラがこんなことでは困るではないか。これではライブハウスに住む魔物と闘うことなんてできやしない。
 今のアタクシは、濁点が取れてハーハラって感じなのである。
ハーハラってあーた、なんだか間が抜けてて、頼りないったらありゃしない。せめて半濁点のパーパラくらいになれば笑いも取れそうなものを。

 久々に襲って来たバイオリズムの低迷にうろたえながらも、バーバラは這い上がるための手段を模索している。
そんな時によく使う手が音楽鑑賞である。
この悲惨な状況に効くのはやはり戸川純か。
少女の頃からの憧れ、戸川純。こうなりたいと願って今の私があると言っても過言ではない。
そんな純ちゃんのCDを久々に聴いてみた。

バーバラセクサロイド、肉屋のように、家畜海峡…

背筋にドライアイスを這わすような冷たくて熱い曲を聴いても、なぜか心は奮い立たない。

『こうなりたいのに、こうなれない今の自分がいるからじゃん』

あっさりと答えが出たところで、次に頭に浮かんだのは、自分には癒しが必要なのではないか、と言う思い。
そこでヒカシューを聴いてみることにした。
ヒカシューの音と巻上さんの声は、まるでマッサージ機のように心のコリをほぐしてくれる気がする。そしてヒカシューの歌詞は旅人に問い掛けるスフィンクスのなぞなぞのようで、頭の体操にもなるかと思えた。

丁重なおもてなし、アートマン、うたえないうた…

…難解だった…
予想に反してヒカシューの音は病んでいる場所とは違うツボを押すのでじれったい気がする上に、ヒカシューの紡ぐ歌詞は難しすぎて混乱し、アタクシはとうとうスフィンクスに頭から喰われてしまった。

『こんなに好きなのに…』

半ば絶望しながらも、アタクシは最後の砦に手を延ばした。

恥を忍んでカミングアウトするが、まがりなりにも音楽に関わっておきながらアタクシ、みっつしか音楽を聴かない。
戸川純、ヒカシュー、そしてDepeche Mode(デペッシュモード)である。

Depeche Modeとは、80年代初頭にイギリスからデビューしたエレクトリカル・ロックとでも言うジャンルのグループである。
エレキギターやドラムなど一切使わず、シンセサイザーや電子ドラムで音を作っている。
シンセと言えばテクノポップを連想しがちだが、宇宙的なイメージのピコピコサウンドとはまったく異なる、金属機械のような重低音で奏でるマイナーコードを駆使したメロディがめちゃめちゃカッコイイのである。
ビジュアルにも徹底的にこだわり、『黒』と『レザー』をコンセプトにしたファッションはクールでオシャレ。当時、日本のファン層にブティックのマヌカンが多かったことでも有名だ。
それに加えてヴォーカルのデビット・ガーンの低く太い声が非常に男臭く、デペッシュの骨太な世界を揺るぎないものにしている。

ブラック・セレブレーション
ピープル・アー・ピープル
プレジャー・リトル・トレジャー

筋の通った男の世界を描く曲の数々を、大観衆の声援の入ったライブ・バージョンで聴いていると、ベッタリと地面に這いつくばっている気分が、ムラムラと奮い立って来た。

『なんだ?なんだ?』

それはやがて、デクノボウのような私の中に、一本の柱を立ててくれ、もはや何が来ても恐くないとまで思えてきたのだ。

期せずしてDepecheは驚くほどの力を私に与えてくれた。
これで四日のライブは負ける気がしない。
…と言ってもバンド出演はタイプベー以外にはなく、後は全部弾き語りなのであるが(笑)

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2008年2月 5日 (火)

何事にもルールありき

 倖田來未がえらいことになっている。
深夜ラジオで発言した、
『35歳過ぎるとお母さんは羊水が腐るんですよ』
と言うセリフが暴言として取られ、リスナーの抗議が殺到。『羊水腐る』という言葉だけが独り歩きして大問題となり、今や倖田來未は自宅謹慎の身だという。
 これを聞いて、倖田來未が大っ嫌い、な私が意外にも『えっ、かわいそう』と思ってしまった。

 実はtype:bと倖田來未の因縁は深い。(言い過ぎ)

 2年前、avexの新人発掘オーディションと言うのがあり、type:bはシャレのつもりで出場した。
プロの審査員3人の公正な審査による結果は散々たるもので、歌唱力、技術、パフォーマンスなどパートによって様々な項目にA〜Dの評価が付くのだが、ヴォーカルである私に限って言えばAはひとつもなかった。

 それでも、お二人の審査員は丁寧な批評を書き込んでくれ、『将来性がない』など、正にシャレで受けたオーディションへの見事なオチをくれたりして楽しかった。そして同時に、プロのレベルを知る大変良い機会となったことを感謝している。
ただ一人を除いて。

 3人の審査員のうち、一人はavexの新人発掘担当者であった。
その人だけは審査表が白紙であった。何もカキコミがないのだ。
つまり、D(最低)にも値しないらしいのである。
それはそれでプロの評価であるから、我々は甘んじて受け入れた。ってか、文句言える立場にないし。
問題はその後の、出場者を前にしての審査総評の言葉である。
彼は、短く今日の出場者のレベルの低さを嘆き、本日デビュー見込み一切なし、と切り捨てた後、延々と倖田來未の自慢を始めた。

彼女の歌唱力はすばらしい、彼女はポッと出みたいに思われているが、実はすごい長い下積みを積んでいて、売れない時代も長かったんだ、だけど彼女は努力をした、自分を磨いた、それは物凄い努力だった、相当な苦労だった、くじけなかった、負けなかった、そして今の彼女があるんだ、それに比べたら君達はどれほどの努力をしているんだ、どーたらこーたらうんたらかんたら。

…はぁ、シャレで出ちゃってすみません…

その日から私は倖田來未が大嫌いになった。
まぁ、倖田來未にはなんの怨みもないのだが、もともと歌唱力と言われるほどうまくも聞こえなかったし、プロなら当たり前レベルの普通の歌手ではないか。もしキューティハニーがなかったら今でも下積みだったんじゃないかと思うのである。(言い過ぎ?)
その時の私は倖田來未が5年後には芸能界から忘れ去られているはずだと信じていたし、今もそうだと思っている。

今回ラジオでの発言の発端は、倖田來未の女性マネージャーが結婚するにあたって、はよ子供作りなはれ、みたいな励ましのつもりが、関西人のノリであんなことを言ってしまい、暴言と受け取られてしまったと想像できる。

だって羊水が腐るわけないではないか。
そんなこと倖田來未だって知ってるはずだ。
まぁ、絶頂期のおごりがあったと言えなくもない。そしてまだ若い倖田來未は、子供なんてすることをすればすぐできると思っているのだ。その油断と無知がデリカシーの欠如につながり、話す相手と場所を間違ったのであろう。
 掛け合い漫才などに見られる、相方をケチョンケチョンにけなして笑いをとる場合、時として身体的特徴を嘲笑ったり、独身であることを『行かず後家』『行き遅れ』などと馬鹿にしたりする。しかし、こと子供のことに関しては絶対に触れない。それは、子供だけはパートナー同士の努力ではどうしようもない場合だってあるからだ。
 たとえば格闘技の世界では、選手生命に関わる急所は絶対狙わない。それをやった場合はきちんとペナルティーが課される。
お笑いにしても同じで、相手が立ち直れないほどの傷は与えないことで、見る側は安心して見ていられるのである。それをしてしまうのは、いわゆる『シャレにならない』というやつだ。

これは私の想像なのだが、倖田來未は楽屋裏でスタッフたちを前にしてマネージャーに、
『はよ子供作らんと羊水腐るで〜』
と言ったことがあるのではないか。
そこで周りは、会社の売れ筋商品に気を遣ったのか何なのか知らないが皆で笑ってしまったために倖田來未は味をしめ、件のラジオでの発言になったんではなかろうか。
 人を天狗にさせるのは周りの人間なのである。もしそこで分別のある大人が『それはデリカシーのない発言なんだよ』と教えてやれなかったとしたら、会社も悪いと私は思う。
まぁ、あくまで想像なんでなんとも言えないが…

とにかく倖田來未は叩かれている。人気者ゆえにアンチも多い。
三月のツアーまで謹慎の身らしいが、発売したアルバムはオリコン1位だとか。
結局話題で持ってったのか、真の実力なのかは知らないが、少し安心した。
 くどいようが私は倖田來未が嫌いだ。彼女は政治家や芸人じゃないんだから、失言で芸能界から消されるのではなく、若さを失い、人気を失い、後輩にどんどん追い抜かれて焦りと絶望を味わって芸能界から去っていただきいのである。

それで私が初めて、avexめ、ザマアミロと言えるのだから。

 今日はアリが象に噛み付くような内容の日記だけど、シャレで許して。

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